また一歩

TRPG、SW2.0「マナリア学園CP」より。
うちのこ。


 

 

 大好きだった。愛していた。目に映るものすべてが愛おしかった。
 だから、
 お皿に盛りつけられた獣の肉が、整ったフリルレタスが、私には生き物の亡骸に見えた。
 トレーに残ったソーサーが、割れてしまったカップを悼んで泣いているような気がした。
 踏みつけられた土が、ゆるく止む風が、そっと散る花弁が。
 道の端に蹲る子供が、叩き潰される羽虫が、古くなった洋服が。
 私には全部愛おしく見えていた。愛おしものの死は、ずっと悲しかった。

 生きるには、そういったものを踏み越えて行かねばならなかった。
 食事が、草むらを歩くことが、高価なものを買い与えられるのも、本当に苦しかった。
 私は、生まれつきそういう心を持っていた。そういう風に生まれた、とても面倒な子供だった。
 外では平気な顔をしながら、ひとり部屋に帰っては嗚咽を漏らして泣いた。人前で『悲しい』を見せたら、みんなが悲しそうな顔をするのを知っていたから。

 きっと私がそのままで生き続けていたなら、いつか心が砕けて自分を殺すことを選んでいたのだと思う。

 けれど、父はそんな私を見つけ出し、きちんと向き合って、理解して、ひとつの約束でつなぎ留めた。
「君が死んだら、僕は悲しくて死んでしまうだろうから」だなんて、愛おしいものにあふれる世界の中でも一等大好きな父にそんなことを言われたら、私は頷くしかなくて。

「きっと君はずっと痛いまま生きていくことになるけれど――それでも、僕はわがままだから、ごめん」
 父は頬に残った私の涙を拭って、
「泣かないで」
 と。自分こそ、泣きそうな笑顔を浮かべているのに、そう言った。

 その日から私は歩き出した。
 傷つけるのが怖かった。踏み越えるのは辛かった。
 初めの一歩にはとてつもない勇気が必要だった。カーテンを閉めた部屋のベッドで蹲って、心を決めるまでの数時間、ずっと深呼吸をしていた。けれど踏み出した。私には、愛おしさと勇気でできた決して消えない灯があった。
 歩き始めて、せめて、踏みつけた分は返そうと決めた。手の届く範囲全部へ手を延ばそうと決めた。手の届かないところへは、私じゃなくてもいい。いつか誰かの手が届く様少しでも足掻こうと決めた。
 愛おしさゆえの悲しみは勇気で飲み下した。知識が広がるにつれ受けれられたこともあった。
 終わりが悲しいだけのものじゃないこと。周りの人の助けがあれば、悲しいだけのものじゃなくできること。
 他の物を踏み越えて生きる。そうやって命はできている。そういう風に作られていること。
 少しずつ、受け入れて、歩いて、飲み込んで、また前に進んだ。その頃には、父の言葉はただのきっかけになっていた。

 愛おしいものは生きれば生きるほど増えて、それがしかと私を捕まえて離さなかったから?
 ふふ、それもそうね。

 けれど、『ねがいごと』が出来たから。

 私は何をすれば私の望みが叶うのか分からなかったから、ただがむしゃらに足を動かした。
 ……そう、望み。私の望み。願い、祈り。それは絶対に叶わない。

 ――どうか、世界のすべてがすべてに優しくありますよう、なんて。
 だれも痛くなくて、辛くなくて、悲しくない。正しくなくていいから、全員が自由で、幸せで、それぞれに意志や人生があって、でも折り合いをつけて、そうやって温かく柔らかく生きていく。
 私たちは、100点を目指してようやく80点を取れるような、そんな生き物だから。200点を目指せば、きっと100点くらいは取れるはずだから。
 大切なのは、これまでどうしてきたかじゃなくて、いつだってこれからどうするのか、だから。
 こんな、神様でもかなえられない様なわがままを胸に刻み込んで。

 私の悲しみがなくなることは、ない。胸の奥の痛みも悲しみも、和らぎこそすれ消えることはない。
 これは消しちゃいけないもの。失くしちゃいけないもの。わがままに踏みつけて進む私が受けて然るべきものだから、全部抱えて、勇気を出して向き合って、飲み下して、愛して愛して愛して、生きる。

 ひとかけらでもねがいごとを叶えようと、

 愛と勇気に導かれるまま、私はまた一歩、前へ進んでいく。

 

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2022年10月20日