silent memory

自創作キャラ言葉ことのはめぐりのはなし。


 

 

 小さい頃はなんでも出来ると思っていた。例えば空を飛んで綿雲をつまむのだって、私の能力があれば出来ないはずがないと。
 小さい頃は、世界はもっと優しいのだと思っていた。もし、どこかで誰かが泣いていたとしても、どこからともなくヒーローが現れて、きっと救ってくれるのだと、

 そう、思っていた。

 今はもう、私が空を飛べないことも、私がアイツに勝てないことも、泣いてるからって誰も助けに来ないのもわかってる。
 世界は嫌なことだらけで、当たり前は難しくて、イレギュラーは淘汰されて、人は平然と人を傷つける。
 そんなのって嫌だなぁと、こんなふうになってもまだ、私は思っている。

 5時。けたたましく鳴り響く目覚まし時計に掌を叩きつけ起床。
 目を覚ますために真水で顔を洗い、白衣と緋袴に着替え、『おはよう』とがさつに書いたスケッチブックを掲げ、居間を素通りし渡り廊下へ足を進める。
 母屋から廊下の先にある拝殿へ移動したあと、私はいつも通り神社中の掃除を済ませ、神様の御前に顔を出した。
 そそくさと畳に正座して、きゅっと目を閉じ祈る。毎朝のお祈りは生まれてこの方欠かしたことのない通過儀礼で、ほんの1年ほど前までは自作の祝詞とかを読んだりもしていたのだが、今の私には声が出ないのでそれも割愛。頭の中では色々と考えたりとかしちゃってる訳だが(精神統一もへったくれもない)物理的には数分間、とても静かな時間が流れる。
 いつもの朝。いつものお祈り、そしていつものように『今日という日なら』と声を出そうとしてみるけれど、声帯を素通りした空気がひゅるひゅると間抜けな音を鳴らすだけ。もう、落胆もしないくらい繰り返したのでなんとも思いはしないけど、本当に馬鹿みたいだなぁって、私はちょっと笑ってしまう。

 部屋に戻って制服に着替え、あらためて母に『おはよう』の文字を掲げる。
 「おはよう」と返す母の笑顔を横目にトーストを齧り終え、歯を磨いてあらためて顔を洗ったあと、今日の荷物を確認する。私は忘れ物が多いタチなので、確認しないとほぼ確実になにか忘れたまま学校に到着してしまうのだ。こうやって確認しても忘れることがあるのだから筋金入りと言えよう。血眼になってメモと荷物を確認したあと、ため息をついて鞄を肩にかける。
 ……とにかく、これ以上は、変に目立ちたくない。
 遅刻もしたくないし忘れ物もしたくないし授業中に当てられたくもない。目立ちたくないと言うより、誰の世話にもなれないから失敗できない、と言った方が正しいのかもしれないんだけど。

 『いってきます』を掲げ、母に軽く会釈した後、ローファーをつっかけて家を出た。

 初夏の空気は生ぬるくて、3歩歩いただけで憂鬱な気持ちがさらに落ち込む。昔は学校という言葉を聞くと多少なりともわくわくしたものだけれど、今となってはまるで国語辞典の記載が書き変わってしまったみたいに単語の持つ意味がひっくり返って、学校という言葉は私にとって憂鬱とか鬱屈とかなんかそういうマイナスイメージに強く結びついてしまっていた。

 要するに、私は学校が嫌いだ。

 話をしよう。
 大前提として、この世界における学校という閉鎖されたコミュニティには大なり小なりカーストというものが存在する。
 パリピがその存在力でもって教室全体の空気を制圧し、陰キャは日陰で牧草でも食らってのほんと生きるのがせいぜい。時折ユーモアを搾取するためのペットとして陰キャが陽キャ集団に混ぜられるというイレギュラーもあるにはあるが、原則同じレベルの人間とゆるやかかつしたたかに派閥を作り肩を組んで過ごすのが常。逆に言えば、たとえ底辺であろうと身の程をわきまえ底辺同士で傷舐めあって絡んでいれば大抵なんとかなる。

 ……はずなのだが、言ってしまえば私の扱いはどの位にも属さない『Ex(番外)』。
 つまり、誰一人として『仲間』の居ないガチガチの孤独を、私は生きている。

 昔の話をしよう。
 だって、私だって、何も別にコミュ力が無いわけでも人間関係が不器用なわけでもなくて、ただちょっとしたきっかけでこんなことになってしまったのだから弁解くらいはさせて欲しいというもの。

 ひとまず、小学生時代はよかった。幼少期特有の全能感からきたふてぶてしい性格が幸いして、何を言われても鼻で笑って過ごせたし、なんかそういうキャラがウケたのかわかんないけど物好きに囲まれそれなりに楽しく過ごすことが出来た。
 問題は小学校卒業後。
 何があったのかといえばまあ私の周りの物好き達が軒並み学区の関係で別の中学に進んでしまったのだが、これは私にとってかなり大きな出来事だった。元より友人達を軒並み『物好き』呼ばわりしていることから分かるように、少なくとも私にとって、私の性格はあまり万人受けするものでは無い。その上小学校時代の友人が既に同じ中学に居るような事実的勝者達の中から、さして親しくもないやつをお友達の輪に入れてくれてなおかつ性格もそこそこいい人間を探し出さねばならないのだ。つまり実質詰み。
 このまま行けばどう転んでも面倒なことになる。そう踏んだ私は、齢12にして自分のキャラに大幅なテコ入れを行うことを決意したのである。

 結んでいた髪を下ろし、舌打ちや足癖を矯正し、当たり障りのない笑顔を習得し、口調(というか文体?)まで無理やりそのへんの女子と同じになるようねじ曲げ、

 結果どうなったかと言えば、答えは簡単。私は無事、『普通』になる……というか、普通の人達に紛れ込むことに成功したのである。

 …………あの日、あの子と出会いさえしなければ。

 光陰矢の如しと言うけれど、思い返せば、『あの事件』からもう丸1年が経とうとしているのだ。

 ちょうど去年の今頃の時期いつも通り登校した私の後ろの席、いつも空席で誰も座ったことの無いその場所に、一人の女の子が座っていた。綺麗な黒い長い髪をおさげにした、どこにでも居るような大人しそうな女の子。

 強いて普通と違うところを上げるとすれば、その子には目が5つあった。

 私達と同じような位置に両目が、それとは別に額に1つ、そして両手のひらにひとつずつ。合計で、5つ。
 たったそれだけだ。たったそれだけなのに、その女の子はびっくりするほど嫌われていた。

 不登校の女の子、5つ目の女の子。五目瞳(ごもくひとみ)という名前の『五つ目』の能力を持った女の子。
 どうしてまた学校に来たのかはわからないけれど、不登校になった理由に検討はついた。
 教室の端々から、みんなの囁く声が聞こえる。
 中身はだいたいくだらなくて、そのくせあまりよくないもので、私は、数ヶ月ぶりにがつりと机の足を蹴った。

 瞳さんは何も言わずただ学校に来て、授業を受け、そして帰った。笑った顔どころか、悲しそうな顔も怒った顔もせず、ただ来て、座って、必要があれば声を出し、そうでなければ黙っている。
 それが尚更不気味だと、周りはこそこそ言葉を交わす。

 1日目、ずぶ濡れでとぼとぼと下校する瞳さんを見かけた。まだ、勘違いだろうと言い訳して耐えられた。
 2日目、瞳さんと同じ小学校に通っていた子に話を聞いた。おおよそ、思った通りの内容で無性にいらいらした。
 3日目の放課後、瞳さんがぼんやりと靴箱の前で立っているのをみて、
 4日目の朝、彼女のローファーが新品に変わっているのに気づいて、私の中の何かが切れた。

 朝からずっとイライラしている。
 三限の音楽の授業は歌のテスト。第一音楽室で待機して、自分の番になったら第二音楽室に呼ばれて一人で歌う。今日の授業でテストを受けるのは、出席番号順の前半半分。心して来るように、とのことだった。
 私は能力の関係歌が歌えないのでテストは免除されていたけれど、代わりに第二音楽室で先生に見守られながら筆記の試験を受けていた。
 出席番号1番から始まって、2、3、4。何人か歌った後、私を飛ばして瞳さんが入室する。
「五目瞳です。よろしくお願いします」
 そう言って、いつもの調子で瞳さんは一礼する。
 先生が鍵盤に指を置く。私が(テストの片手間に)メトロノームを押さえていた手を離す。3拍置いて、歌が始まる。

「……」
 彼女の歌はとても綺麗だった。リズムも音程も完璧で、それでいてきちんと音に表情がある。それに、何よりも瞳さんは心底楽しそうに歌うのだ。

 歌が終わり、頬を上気させた瞳さんが「ありがとうございました」と、こんどはやりきった表情で一礼した。

 私と先生は思わず顔を見合わせ拍手をする。瞳さんは、それに対して5つ全部の目を細めて照れくさそうに笑った。嗚呼、この子こうやって笑うんだな。と、私はぼんやり思う
 それはたぶん、何より綺麗で優しい時間だった。

 ちょうど筆記試験の答案も書き終わったので、興奮した様子で言葉を交わす先生と瞳さんを残し私は第一音楽室に戻る。

 ……そこで扉を開いた先にあった光景が、おおよそ今私に降り注いでいる全部の元凶だった。

 かたや、耳を塞ぎわざとらしく怖がるフリをして笑っている。
 かたや、「さすがに呪いの歌は酷いでしょー」だなんて、机に座りけらけらと笑っている。
 「呪いでしょどう考えても」「だって見た目あんなんだし」「てか無駄に歌上手くね?」「家で練習したんでしょ。真面目になっちゃって馬鹿みたい」「歌が上手くても目が減るわけじゃないのにね」「五目だけに五取りたいんじゃね、ほらあいつ頭もいいじゃん」「さすがに面白くねーってそれ!」

 ……なんだろう、これ。

 頭がぐらぐらした。
 お味噌汁は沸騰させると風味が飛んで美味しくなくなるのよ、と、いつだか母が言っていたのを思い出す。
 とするなら、今現在進行形でぐつぐつと煮立っている私の脳みそも加速度的にダメになっていたりするのだろうか。どうなのかな。

 言葉が口から滑り出しそうになるのを必死に抑えながら、私は足を進める。「めぐり!おつかれー」なんて能天気に笑いかけられても、何も返せないまま、1歩、2歩、

 3歩歩いたところで、教室中が歓声に包まれた。思わず振り返ると、そこには呆然と5つの目を丸くする瞳さん。目線を戻せば、拍手、歓声、指笛を飛ばすクラスメイトの面々。

 悪寒が走る。なぜそう思ったのかわからないけれど、とにかく酷く寒気がした。
 ――嗚呼、そうか。
 コンマ2秒程して、手を打ち鳴らす彼らの口元に、一様に悪意のある笑みが浮かんでいることに、私は気づく。

 歓声、拍手、喝采、背後の瞳さんが逃げ出す足音に、なぜだか酷く泣きたくなって、
「よっ!呪い名人!!」
 理性という理性が焼き切れる音がした。

「……黙れ…………」
 がつん、と、俯いて、壁を殴る。
 家族への「いってきます」ぶりに出した声は、少し掠れていた。
「この教室に居るやつ、全員黙れ」
 二言目ははっきりと。言霊が発動したのか、はたまた驚いているのかわからないけれど、歓声も拍手も止まり教室中がしんとなる。
 胸の中で、いくつもの言葉が巡る。できること、できないこと、したいこと、したくないこと、いいたいこと、いいたくないこと、みんな、みんな巡る。
 ぐちゃぐちゃになった胸の中、言いたいことはきっとこんなことじゃないはずなのに、溢れる言葉が止まらない。

「そんなに呪われたいなら、みんな私が呪ってやるよ」

 体が熱い。頭が痛い。視界がぼやける。落ちた雫が汗か涙かわからない。

「私が赤いと言ったら白でも黒でも赤になる」

 掌に爪がくい込んで痛い。喉がぎゅっと締まって声が震えそうになる。壁を殴った手が痛い。全部痛い。それでも言葉は止まらない。

「私が死ねと言ったら……? 消えろと言ったら……? 分かるよなぁ? お前らみたいな大衆に流されるしか脳がない屑でも、さすがにさ」

 だから、もう、精一杯笑った。

「言葉って、そういうものなんだよ」

「だから」

「ここにいる全員、もう二度と五目瞳のことを馬鹿にするな」

 初めて、他人に対して言霊を使ったのは、たぶんこの時だった。
 二度と口きいてもらえないかもな。でも仕方ない。みんなにとって間違えたのは私だし。
 けど、私にとって間違ってるのは、みんなだから。
 だから、お互いに、仕方ない。
 薄れていく意識の中で、そんなことを思って。
 私の意識は、ふつりと途切れた。

 

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