prologue『おしまい』03-A-after

見送った誰かの独白。


 

 

自分以外の気配が無くなった橋の上で、ひとり雨に打たれていた。
下を覗き込んでも、濁る流れがあるばかり。
しばらくは水面に目を凝らし、少女の影が見えないか探ったりもした。
流されていく倒木に注視して、あの白い腕が浮きを求めてしがみついては居ないか、と。
けれど、少女はついぞ生存の気配すら見せず……恐らくあのまま流されていったのだろう。

追悼の意を込めて、祈る様に手を組み、まるで敬虔に目を伏せる。
流れる濁流の音。
地面を叩く水の音。
私の呼吸と、鼓動の音。
指先を掠めた長い髪の先。
少女が去り際に見せた、安心したような。諦めたような、あの表情。
……白く小さな手を、見ているこちらが痛くなるような強さで握りしめていた。
今、私がしているように。祈る様に。

――心の底から、苦くざらりとしたものがせり上がってくる。
深呼吸をした。苦いものは、早く飲み込んでしまうに限る。

何にせよ、もう終わったことなのだから。

目を開き、祈る手を解いてポケットからスマートフォンを取り出す。
数度のタップ。
数回のコール音。
後に応対の声。
『はいはい』
「あ、お疲れさまです。ターゲット、無事死亡しました」
そう。いつも通りに私は告げる。
『……おう。』
対する相手は、少し複雑そうな声。
「川に流されていったので、処理の方はお任せします」
『また面倒な殺し方を……』
「今回、私は何もしてないですよ。自殺です」
『……そうか。』
……つくづく向いていないのだ。彼は。
声に滲む苦さ聞かなかった事にしながら、そんなことを思う。
『ならいい。報酬もいつも通り手配しておく』
「ええ、お願いします」
過去、幾度となく交わしたやり取りを終え、通話は切断された。

……これで、終わり。
ひと段落。事の終わりを実感すると共に、ずぶ濡れになった祭服の重さをやけにハッキリと感じた。
思えば、雨に濡れたのは本当に久しぶりだ。
車に戻れば着替えがあるので、本来そう思い悩むことでもないけれど。
最後に雨に降られたのが、少し。
否、かなり。
私にとって重要な一日だったから、気になっただけで。

欄干に触れる。
鉄の冷たさが手に伝わる。
そこに座っていた誰かの痕跡はもうどこにも無く、私は一人。

踵を返し、ゆっくりと歩き出す。
全ては過去になっていく。
それで、この話はもう、おしまいだった。

 

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