見送った誰かの独白。
自分以外の気配が無くなった橋の上で、ひとり雨に打たれていた。
下を覗き込んでも、濁る流れがあるばかり。
しばらくは水面に目を凝らし、少女の影が見えないか探ったりもした。
流されていく倒木に注視して、あの白い腕が浮きを求めてしがみついては居ないか、と。
けれど、少女はついぞ生存の気配すら見せず……恐らくあのまま流されていったのだろう。
追悼の意を込めて、祈る様に手を組み、まるで敬虔に目を伏せる。
流れる濁流の音。
地面を叩く水の音。
私の呼吸と、鼓動の音。
指先を掠めた長い髪の先。
少女が去り際に見せた、安心したような。諦めたような、あの表情。
……白く小さな手を、見ているこちらが痛くなるような強さで握りしめていた。
今、私がしているように。祈る様に。
――心の底から、苦くざらりとしたものがせり上がってくる。
深呼吸をした。苦いものは、早く飲み込んでしまうに限る。
何にせよ、もう終わったことなのだから。
目を開き、祈る手を解いてポケットからスマートフォンを取り出す。
数度のタップ。
数回のコール音。
後に応対の声。
『はいはい』
「あ、お疲れさまです。ターゲット、無事死亡しました」
そう。いつも通りに私は告げる。
『……おう。』
対する相手は、少し複雑そうな声。
「川に流されていったので、処理の方はお任せします」
『また面倒な殺し方を……』
「今回、私は何もしてないですよ。自殺です」
『……そうか。』
……つくづく向いていないのだ。彼は。
声に滲む苦さ聞かなかった事にしながら、そんなことを思う。
『ならいい。報酬もいつも通り手配しておく』
「ええ、お願いします」
過去、幾度となく交わしたやり取りを終え、通話は切断された。
……これで、終わり。
ひと段落。事の終わりを実感すると共に、ずぶ濡れになった祭服の重さをやけにハッキリと感じた。
思えば、雨に濡れたのは本当に久しぶりだ。
車に戻れば着替えがあるので、本来そう思い悩むことでもないけれど。
最後に雨に降られたのが、少し。
否、かなり。
私にとって重要な一日だったから、気になっただけで。
欄干に触れる。
鉄の冷たさが手に伝わる。
そこに座っていた誰かの痕跡はもうどこにも無く、私は一人。
踵を返し、ゆっくりと歩き出す。
全ては過去になっていく。
それで、この話はもう、おしまいだった。
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