【1.深く握り込んだ。】
だから、わたしは、組んだ手を深く握り込んだ。
右手も、左手も、誰にも届かないように。
“届きませんように”。そう祈るように、胸の前で固く。
目を伏せて、重力に身を任せ、ただ自分の身体が空を切る鋭い音を聞く。
投げ捨てたローファーの後を追う様に、9.8m/s2の加速度で数十メートルを落下して、じきに水面に叩きつけられる。
雨で水深が深くなっているから着水段階じゃ難しいだろうけど、わたしはカナヅチだ。
流れに飲み込まれれば、やがて溺れて死ぬ。
両の手を、更に強く握り込む。
まだ、まだ、落ちている。落ちていく。
でも、もう怖くはなかった。
恐怖が薄れるのと同時に、意識が遠くなっていく。
息をする。
これが最後の呼吸かも、と思う。
吸い込んだ空気は、水臭くて湿っていた。
じめじめしたわたしには、きっとお似合いだ。
――おかあさん。
ミナモのおじさん、おばさん、アヤカちゃん。
叔父さん。
叔母さん、兄さん。
ほんとうに、ごめんなさい。
ごめんなさい。
もう、大丈夫だから。
わたしは、ちゃんと居なくなるから。
意識の糸の先の先。
一番最後に感じたのは、たぶん――
『END1.祈る様に。』
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