カードワース自宿冒険者「ノウェム・グリッジ」の夢小説。夢小説!?
途中で精神力が切れている。
初めての依頼が終わった。
宿に帰り、報酬を受け取って、汚れた身を清め。
初めての報酬で打ち上げでもしようか、というタイミングで親父さんにお使いに出された、その帰り道の出来事だった。
「で、で、でで……」
「で?」
「弟子にして下さいッ!!」
秋の葉ももう凡そ落ちきり、冬に足を踏み入れようとしているこの頃。
時刻は夕刻。せわしなく人が行き交うリューン1番の大通りにて、私は深く頭を下げ叫んでいた。
「弟子、と言われましても……」
集まる周囲の目線に顔を引きつらせながら返すのは、私の憧れ。妻の遺産亭の冒険者であるノウェムさんだ。
勢いよく顔を上げれば、その御尊顔が視界に飛び込む。陽の光に照らされ、銀色の髪がきらきらと輝いている。
くっきりとした二重や長い睫毛も美しいけれど、一等綺麗なのはその蒼い瞳だろう。
勿論、私は別に顔を理由に彼へ憧憬を抱いている訳じゃない。
こうして対面していても信じられないけれど、この方はリューンの中でも一二を争う、ものすごく高名な冒険者なのだ。
打倒せし巨悪、救いし国は数しれず。
それでいて小さな依頼も無下にせず。
今回も、多少の銀貨を積んだとはいえ、駆け出しの私が受けた依頼に嫌な顔ひとつせずつついて来て下さったのだから驚きだ。
正に聖人君子。ついでに生き字引き。
博識な魔術師だけれど螺の外れた研究狂いではなくて、真っ当な常識人であることもその評価を後押ししている。
「私、ずっと貴方に憧れていました。今回、用心棒としての依頼ありき、でしたけど……ご一緒させて頂けて、とても幸せでした」
「はい」
ノウェムさんは苦笑いで頷いた。
知っている。
こんなことは。……私が張り裂けそうになりながら紡ぐこの言葉も、きっと彼にとっては日常茶飯事なのだ。
それでも。
「私、これきりにしたくなくないんです。また、これまでの冒険や、自然、天体、歴史や他国の文化……他にも。貴方のお話を聞きながら、また、一緒に歩きたい。だから、弟子にしてほしいんです。私を。」
――相手にとって喜ばしいものでないとわかっていながらそれでも口にするのなら、その動機が何であれ、相手にとっては害意に等しいだろう。
けれど。
「……貴方、リューンの人間じゃありませんよね」
藪から棒に。でも、話を逸らす様な意図は感じられないから――そして仮にそうだったとしても、逸らされるのなら、逸らされるままにしなければならないモノだから――私は頷く。
「ええ。少し離れた街の生まれです」
「貴方の街には冒険者の宿が無いんですか?」
「それは、その。妻の遺産亭が良かった、ので?」
「……」
「どうしても貴方に会いたかったんです。」
「――適正がなく行使出来ない魔法に詳しいのも、僕が理由ですか?」
「はい。貴方に何が見えるかを少しでも知りたくて」
「武芸や盗賊の”習わし”に明るいのも?」
「戦闘や情報収集は冒険者の基本です」
「……はぁ…………」
詰問を終えると、ノウェムさんは大きな溜息をつく。
「正直な話をしますと」
「はい」
「貴方は今日の依頼を終えたら、音を上げて冒険者などは目指さなくなると思っていたんですよ」
「……まあ、そういう意図があるのはなんとなく感じていました」
今朝、親父さんが私に差し出したのは、下水道掃除の依頼書だった。
リューンの下水道掃除は汚いし危ないし、冒険者の仕事の中でも一二を争う不人気な依頼。
おまけに詳細欄には未調査範囲、危険手当の文字が並んでいる。報酬の桁からして初心者が受けるべき依頼でないのも明白で。……それがお父様の差し金であることは、すぐにわかった。
こうなってしまったからには、どこへ行ってもこうなるのだろう。
今だって、生家の息がかかった人間が私を監視しているに違いない。
「折角、ここまで来たのに」
そう、小さく零れた声に、「お困りですか」と応じてくださったのが、他でもないノウェムさんだったのだ。
それも含めて、父の差し金なのすら私は理解していて。だからこそ、せめてもの抵抗に共闘の「依頼」として自分でも銀貨を積んでみたりして。
それがどの程度ノウェムさんに響いたのかは、わからないけれど。
「というか、そもそもこうして隣り合って歩く予定は無かったんです」
「……遠くから見守って、命の危険が生じた時だけ補助をする。ひとまず依頼は失敗させ、”向いていない”と説得する……ような?」
「流石。ご明察です」
ほう、と感心した様に息をつくノウェムさんに、思わず笑みがこぼれる。
道中、指示を仰いだり、質問にうまく答えた時も、ノウェムさんはその度こうして感心し褒めてくださった。
「けれど、貴方は想像以上に優秀でした。戦闘、探索、双方において僕の足手纏いにはならなかった」
「ふふ……勉強した甲斐がありました」
「何より、話していて楽しいんですよね」
身近に同じ分野を修めた仲間がいないので。と。
「じゃあ――」
僅かばかりの希望を抱いた私の声を、遮る様にして。
「それでも。弟子というのは難しいです」
――ああ。
はじめから分かり切っていたことなのに、言葉にされればやっぱり苦しい。
「……お屋敷に戻ってください。僕と”依頼主”の約束を違えぬために」
俯きがちに。邪魔になるからと纏めていた髪を解いて横髪を撫でつける。これで顔を見せずに済むだろうか。
きっと、気付かれるのは避けられなくて。けれど、貴方は優しいから。気付かないフリが出来るだけの言い訳を、貴方から奪いたくなかった。
「それはそれとして。ご迷惑でなければですが僕の方から会いに行ってもいいですか?」
「――え?」
耳を疑う一言に、隠そうとしていたことも忘れ顔を上げる。
勢いで零れた涙が頬を伝い落ちた。
「……護衛の銀貨はいりません。その代わり、お茶に付き合ってください」
「は、……えっ、どうして……?」
「あえて言うのであれば。」
意味が分からず、困惑し通しの私に、ノウェムさんは微笑んで。
「貴方のお父様の罠にすっかり嵌められた、ということです」
ただそっと、私の頬を拭った。
その指先のつめたさに。頑なだったものがすこし崩れたような、はにかむ表情に。
私の憧れは。理想は。
あっけなく、陳腐な恋心に塗り替わってしまったのだ。
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