初夏の風が似合う

正史5月あたり。言葉ことのはめぐりと図地はかりじ藤華とうかが二人で歩くだけの小話。
どこかの妄言がきっかけです。


 

 

五月。時刻は午前10時前。
僕は、本殿裏手の日陰を、めぐりさんと二人並んで歩いていた。
この頃、昼間は少し暑いくらいだけど、午前中はまだそこまででもない。

――此処、言葉神社は、山へ割り入るように伸びた石段の先にある神社だ。
当然、敷地を囲うように山林が広がっていて、境内の端にあたるこの場所は同時に森の裾とも言える。

風は吹く度さらさらと葉を鳴らし、新緑と白檀の香りをのせ、髪と首筋を撫でていた。

「すずし~」

前を行くめぐりさんが、ぐーっと伸びをする後姿をぼんやりと眺める。
差し込む木漏れ日は風に合わせ、少女の制服へゆらゆらと陰陽の模様を映し出していた。

緩慢に見上げれば、境内側へせり出た森の枝葉が重なり合い、日の光をまばらに遮る姿が視界いっぱいに広がる。
若く柔らかそうな葉を通して、あるいはその隙間から、晴れた空がきらきらと光っていた。

「いいところだね」

“人気のない場所”を指定して、連れてこられたのがこの場所だ。
長い石段を登るのは随分骨が折れたけど、着いてみれば静かで、涼しく、居心地がよくて、その割に人の気配は微塵もない。

「でしょ?」

そう言って、めぐりさんはくるりとこちらを振り返る。

……初夏の木漏れ日を全身に浴びながら。

ところどころを遮られなかった強い陽光に照らされ、写真の白飛びのように輪郭を曖昧にしたまま。

プリーツのスカートがゆるく広がって、色素の薄い髪が靡いて、やがて見えた笑顔は想像通り。
けれどその瞳が、そこで揺れる光が、空へ翳した淡く輝く葉や彼女を囲む木漏れ日と同じ色をしていることに気づいて。

「……うん」

少しの間息を止めてから、目を逸らし頷く。

「――すごく、綺麗だと思う」

風薫る。
僕は目を逸らしたまま。
誉め言葉を素直に取り違えためぐりさんは「だよね」と笑って、強く吹く風にまた「すずし~」とはしゃぎ、きらきらと笑っていた。

沁みるように爽やかで、だから心底憂鬱だ。

今一瞬の風景を、恐らく僕は一生忘れることができないのだろう。

 

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