自創作キャラ言葉めぐりの没設定。
暗いのでやめた。
小学四年の夏のはじめ。ある日を境に、私は思うように声を出せなくなった。
医者曰く、後頭部の強打とは関係のない心因性らしいけれど、原因に心当たりはなかった。
それと同時に、ついでのような検査の結果能力に目覚めたのを知った。
なんでも、口にした言葉を本当のことにできるそうだ。
とても強いし素敵な能力なのに、失声症じゃ思うように使うこともできないと思っていたある日、一冊の絵本と出会った。
ひとりの女の子がちょっとした知恵と魔法でみんなを助ける、どこにでもあるような物語。
「絵本の中の女の子みたいにみんなを助けたい」。その一心で、私はヒーローを目指すことを決めた。
中学2年生の夏、失声症の治療の過程で演技をする機会があった。
いろいろと演じるうちに、絵本の中の「彼女」を演じている間はうまく声が出せるということがわかった。
そうして能力が使えるようになった私は、迷っていた雄英高校への進学を決定。
願書を提出し試験に合格して、今に至るのだ。
――――そうだ。
これは、私の忘れてしまった君の物語。
真冬の空の下頭を打って泣いたことも、味のしないシチューがどれほど美味しくなかったかも、
全部、何一つ。私の中には残っていないのだけれど。
真冬、小さな秘密基地の中。私と君は向かい合って話をしていた。
「だから、」
「これでお別れだ。めぐり」
予感はあった。だから驚きはしなかった。
「…………ごめんね」
でも、そう言って目を逸らす君に、まだ小さかった私はなんと言えばいいのかわからなくて、
「こんなことなら出会わなきゃよかった」
出口の方を向いてぼそりとつぶやいて、返事がないのが不満で、
「………… なんて、」
「 なんて、はじめからいなかったことになればいいのに」
思ってもないことが口から溢れた。
「…… ?」
返事がなかったのが不思議で振り返って、
「――――。」
ぼやけた視界のどこにも、君がいないことに気づいて、
寒さに目がさめる。とっくに日は暮れていて、震えながら走って家に帰った。
夕飯のシチューは味がしなくて半分残した。
逃げ込むように部屋に籠って、君がくれた絵本を抱きしめ、ただ眠った。
目が覚めて、君の声を思い出せなくなっていることに気づいた。
次の日も、君はいなかった。君の席には別の男の子が当たり前みたいな顔で座っていた。
帰り道、君の顔を思い出せなくなっていることに気づいた。
次の日も、君はいなかった。写真を探しても君が写ったものは一枚もみつからなかった。
味のしない夕食を口に運びながら、君の手のぬくもりを思い出そうと必死に記憶を遡っていた。
次の日も、君はいなかった。家を訪ねても、家族に、友達に、誰に聞いてもみな「知らない」と首を振る。
ベッドに潜り込んで、自分がもう君の香りすら忘れてしまったことを知った。
次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、君はいなかった。
電信柱に張り紙を貼った。匿名で君への言葉をラジオに投稿してみたりもした。
面白半分で読み上げてもらえたけれど、それでも君は帰ってこなかった。
もう名前も思い出せなくて、ただ人目を避けて咽び泣いた。
君はもうどこにもいなかった。
あの日から、私は挨拶と最低限のやりとり以外まともに喋っていなかった。
なんとなく、もうわかっていたんだと思う。
放課後、震える足で公園へ向かう。ひらひらと羽ばたく蝶が視界に入る。
少し近づいて、口を開いた。
「私の、目の前の蝶は、死んでいる」
はらり。花びらみたいに命が散った。
ふっと意識が遠くなる。目の前が真っ白に染まっていく。
がつり、音がした。背中と、他にもいろいろ痛かった。
たそがれ時だ。もやのかかる視界いっぱいに広がる青紫のグラデーション。
そらがきれいだなぁ、ねえ、きみもいっしょにみあげてよ。
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