TRPG、SW2.0「マナリア学園CP」より。
他PLさんのPCさんをお借りしています。
――諦める理由なんてどこにもない
いつだってそうだ。そこから先へ進むべきではないと僕が言っても、お前は頑として譲らない。理由なんていくらでも転がっているだろうに、お前が自らそれを拾うことは絶対にない。
どこまでもまっすぐで正しく、故にどうしようもなく狂っている。
眼前に迫る切っ先を見返し、想像通りお前は笑った。
「傷つくのが僕でよかった」と。
糸が切れたように崩れ落ちるお前が、僕は――
目が覚め、全身の痛みに顔をしかめる。ゆるりと開いた目にちらちらと木漏れ日が飛び込んで、まぶしくて一度目を瞑った。ちゃぷちゃぷと水の音。わいわいと聞き慣れた声。そして、幾人かの足音。1、2、3、4、5、6、7……7人分の足音に自分以外の無事を確認。額に手を当て一度深呼吸をした後、思い切って体を起こし、傍らの木へ体を預け周囲を見回す。
そこは戦闘開始地点からそう遠くない水場の木陰らしかった。
ぱん、ぱんと、けだるげに全身の土を払いながらアマシロはため息をつく。あの魔物の知能とスピードを鑑みるに、後衛の誰かしらがこうなることは目に見えていた。それが他の誰かではなく自分であったことに心から安堵する。
自分以外が傷つくことへの恐怖や焦燥より、自分が傷つく痛みの方がアマシロにとってはずっとましに思えた。
「……気分はどう?」
いつの間に近づいてきていたのか。動くのが億劫で、顔もむけぬまま「まあ」と答えた。
「アウェイクンでたたき起こしてくれてもよかったんですよ」
皮肉交じりに言うも、彼女はそれには答えず「傷は……流石にまだ少し痛むわよね。ミオが手当の後救命草を炊いて、私もキュアはかけたけれど」とこちらを案ずる言葉を吐いた。長い銀髪の毛先がちらちらと視界に入り込む。
「案外すぐに目が覚めて良かった」と続けながら、銀髪の少女――アナスタシアはアマシロの正面に回り膝をつく。抱えた桶を傍らに置きそこに浸されていた布を軽く絞ると、柔らかな手つきでアマシロの頬をぬぐい始めた。
「いいですよ、自分でやりますから」
「そう?」
それなら、と手渡された布で腕、頬、脚等を適当に拭く。
「……みんなを呼んでくるわ」
「お願いします」
アナスタシアの言葉に軽く了承の返事を返しつつ、軽く目を閉じ思慮の海へ身を投げた。
あの時、あの瞬間の最善手は『あれ』だった。とはいえ、そのさらに前の動きに間違いが一切なかったか?と問われれば、おそらく答えはNOだろう。思い返し、なぞり、次に備える。後悔はしない。……しかし、戦略の主軸を握る【彼】はそうもいかないだろう。どうせ今頃頭を抱えて自責の念に駆られているのだ。……彼に、こんなふうに弱った姿を見せるのはよくないだろう。思考の後、アマシロはのったりとした動作で居住まいを正す。これで少しはましに見えるだろうか。マナが足りていないのか、つきつきと側頭が痛んだ。全身の傷も、目覚めた当初よりはやわらいだが多少の痛みは残っている。
目を閉じたまま、ざわざわと風で葉が擦れ合う音を聞いていた。やがて、向こうの方でわやわやと騒いでいた足音の主たちがこちらへと向かってくる。
瞼を上げ、やはりそちらへは目を向けぬままアマシロは言った。
「ご心配おかけしました。無事です」
初めに声をかけてきたのはシャックだ。爽やかな『愛想』笑いを浮かべたまま、
「まさかあの距離を突破して攻撃してくるなんて、な。何にせよ、無事で何よりだ」
と穏やかに言う。
「びっくりしたのですね!!」
と大きな声で飛び跳ねながら叫ぶミオ。
「……もう少し静かにできないの」
しかめっ面で耳をふさいだカルヒ。
「まあまあ、折角我が班の軍師様第二号がお目覚めになったのですから。少し声が大きい程度は許すこともやぶさかではないかと」
きゃらきゃらした声で滔々と語るコトハ。
「意識ははっきりしているみたいだな。よかった!」
とからっとした笑顔を見せるサラクス。
「……」
――そして、肝心の軍師様第一号。カドックは、黙りこくってみんなの陰で目をそらしていた。
アマシロはそれを横目にミオへ声をかける。軍師様へのフォローを考えることも重要だが、側頭部の痛みの解決はたぶんそれ以上に重要だ。
「ミオ、すみませんが、魔香草を」
と声をかけると、「はいなのですね!」と元気な返事が返ってくる。せっせと魔香草を炊き始めるミオを横目に、アマシロは努めて笑顔で口を開いた。こうも囲まれると落ち着かないのだ。
「それと、僕はもう平気なのでみなさんは各々休憩していて大丈夫ですよ」
アマシロの意図に気が付いたのか、アナスタシアもそれに続く。
「安静にしなくてはならない、ということも含めて、今は向こうで休みましょう」
アマシロとアナスタシアの言葉にメンバーも承諾し、各自好きなように行動すべくその場を立ち去っていく。カドックもそれに合わせ立ち去ろうと一歩踏み出したが――
「ねえ、カドック」
アナスタシアに呼び止められてしまった。
「……なんだ」
「貴方がアマシロを見ていてあげて。流石に一人にはしておけないでしょう」
「…………お前が見ていればいい話だ」
「とても残念だけれど、私はミオとお昼ご飯を食べなきゃいけないの。ね、ミオ」
「そうなのですね!魔香草も炊きおわったのでこれでごはんがたべれるのですね!!」
「……ね? 二人の分はこれに入ってるから。じゃ、あとでね」
カドックへバスケットを押し付け、ミオとアナスタシアはその場を後にする。
受け取ってしまった手前ぶん投げるわけにも行かず、カドックは両腕にバスケットを抱え唖然としたまま固まっていた。
「あの」見るに見かね、アマシロの方から声をかける。「僕の分だけ置いて行ってもらえれば大丈夫ですよ」
「そういうわけにもいかないだろう。お前は怪我人だ」
「真面目ですね。僕が逃げ出したり暴れだしたりするのはあまり現実的じゃないでしょう」
「……」カドックはむっとして言う。「そういうことじゃ、ない」
「じゃあどういうことですか。言ってくれなきゃわかりません」
「……心配、なんだよ」
それだけ言うと、カドックはアマシロの側へバスケットを置き、そのまた隣へどさりと座りこんだ。そのままの勢いでバスケットを開き、中に入っていた水筒の紅茶(おそらくサラクスの用意したものだろう)をこぽこぽとコップへそそぐ。
「……ぁ」
唐突に『やってしまった』という顔をするのでどうしたのかとアマシロが顔を向ければ、「飲むか、紅茶。いらないなら俺が飲む」と、渋い顔でコップをのぞき込むカドックの姿。思わず吹き出しそうになりつつ「……いただきます」と返すと、「何がおかしい」としかめっ面で聞いてくるのでまたおかしい。
「ふふ……なんていうか、カドックは真面目過ぎるんです」
「そうか?」
「ええ」
くつくつとひとしきり笑った後、カドックの手から紅茶を受け取り一口だけ飲む。食欲はなかったが、頭痛と傷の痛みはだいぶましになっていた。
「やってしまいましたね。運も実力のうちと言いますし、仕方がなかったとは思いますが」
アマシロには紅茶を勧めたくせに、自分は飲もうとも食べようともせず深刻な顔で地面を見つめる軍師様への、せめてものフォローも兼ねてごちる。
――瞬間、がらりと傍らの纏う気配が変わる。ダンッ、と地面を殴りつけカドックは微かな震え声で絞り出すように言った。
「……なにが…………」
まずいことでも言っただろうか。びくりと体をこわばらせ、アマシロはおずおずとカドックの顔を見上げる。
「すいません、よく聞こえな――」
「……なにが、仕方がなかっただ? どこが? お前ならわかっただろう? あれは――」
ああ。アマシロは即座に理解する。俯いたカドックの表情はわからないが、想像はできた。きっとひどい顔をしているのだろう。
そんな顔をさせたくはなかったな、と、アマシロは少しだけ自分の行動――ひいてはそんな行動をしなければならない状況に至った自分の甘さを悔やんだ。
「……貴方の指示に従うことを決めた時点で、責任の重さはみんな同じですよ」
「信じて任されたんだ――なのに」
「後から考えれば最善でなかったにせよ、その時々で善い方を選んではいました」
「結果がすべてだ」
「僕は生きています」
「でも死ぬかもしれなかった!!」
ドンッ、と再び地面を殴りつけ、半ば叫ぶようにカドックは言った。
「……落ち着いてください、カドック」
「……すまない」と、ゆらり俯きカドックは小さな声で続ける。「俺は、あの時、怖かった。自分が攻撃されるかもしれないと思うと、どうしても怖かった。お前は――」
――お前は怖くなかったのか?
震える声で問われ、数秒迷ったのち、アマシロはきっぱりと答えた。
「怖かったです」
「……」
「でも、他の誰かが傷ついてどうにかなってしまう方が、僕にとっては怖いことなので」
そう言うと、アマシロは微笑み首を傾げる。
「だから、僕でよかったなって思いました」
その時だった。ざわりと風が吹き、日の光を遮っていた木々を揺らす。柔らかかった木漏れ日が強さを増しつつちらちらと揺らぎ、まるで光の雨が降っているかのようなきらきらした世界の中ではらはらと黒い髪ははためき、光に溶けて消えてしまいそうな小さな少女は、何度目を凝らしてもやっぱりただ笑っていた。
「いなくなって……」
それは、思わず口をついた言葉だ。深い意味はない。少なくとも、今はだれ一人、本人たちすら気付かない。
「いなくなって、欲しくない。俺は、お前に」
けれど、これはきっととても大事な言葉だ。
「幸せになってほしい。だから、もうこういうことにはなってほしくない」
不器用で己を知らぬ少年は、ただ思ったままを口にした。
「お前が俺達に傷ついてほしくないのと同じだ。きっと、俺は」
途切れ途切れでざく切りで、飾っ気も何一つないけれど、
「アマシロのことが、大切なんだ」
心からのその一言は。磨く前の宝石のように無限の可能性を秘めていた――
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