prologue. 怪盗グレイと黄昏の罅 -1-

ざら書き。はじまり。白鳥しらとりとおるが怪盗グレイに出会うまで。


 

 

――インターネットを介し繋がっていた親友が、「ありがとう」と一言残して音信不通になった。

彼女の生活環境や精神状態があまりよくないのは知っていたから、恐らく自殺するのだろうと思った。
せめてきちんとお別れが言いたくて、何度もメッセージを送ったし通話も数回鳴らしたけど、彼女が応じることはなかった。

悲しかったし、寂しかったけど、わたしが彼女にしてあげられることはしてきた自覚があったから、やりきれない思いはなかった。
ただ、「もし死後の世界があるのなら、どうか安らかに」と祈るばかりだった。

それから2週間程経ったある日、SNSのアカウントにフォロー通知が届いた。
見知らぬアカウントだったのでプロフィールに飛ぶと、女子高生が実名で運用する、所謂リア垢に当たるアカウントだった。
最新のものから順番に投稿内容を確認していく。
投稿頻度は日に2つ3つで高くないものの、ざっと遡って記録を総合すると、投稿者の家庭環境や構成要素は朧げに把握できる。
それらの情報に加え、写真に写る風景や、自宅の壁紙、床板、家具等が完全に一致したことから、このアカウントの持ち主は「彼女の妹」であると断定された。

こちらからもフォローを返すと、すぐにDMが届いた。

「はじめまして。鴫原たはら花柚はなゆと申します。
 突然ですが、半月程前、姉である鴫原柚子ゆず(Albireoさんの相互フォロワーである幽雅ゆうが)が行方不明になりました。
 Albireoさんは行き先をご存じないでしょうか?」

行方不明?
ゆうちゃんが、あの状態から死ぬことはあっても、行方不明になったりするだろうか?

花柚さんから話を聞くに、姉が幽雅というアカウントを使っていることは知っていて、現在地について何かつぶやいている可能性があると思ってはいたものの、幽雅は鍵アカウント、かつフォローはしていなかったので中身が見えず困っていたらしい。

2週間前、「ありがとう」というメッセージが届いて以降彼女は音信不通であり、それと時を同じくしてSNSの更新も止まっている旨を伝えると、花柚さんはリアル側のゆうちゃんの身辺について話してくれた。

曰く。ある日花柚さんが姉の部屋の前を通りかかると、珍しく扉が開いていた。
なんとはなしに中を覗いたところ、部屋には誰もおらず、机に置かれたスマホとパソコンが物理的に壊されていた。
どうした事かと思い部屋に入ると、壊された端末の横に、手紙が一通置かれていた。
中身は遺書で、筆跡は確かに姉のもの。机のパソコンやスマホは自分で壊したとのこと。その他内容にもおかしな点はなかった。

問題は、その後鴫原柚子の遺体が見つからないことである。

遺書の中には、「できれば海に散骨してほしい」「お葬式に学校の人は呼ばないでほしい」といった、自身の弔い方に関する記述があった。
遺書を残していて弔われる気もあるのなら、見つからないような場所で死ぬのは違和感がある。

加えて、彼女は財布もスマートフォンも持たず、靴ではなくサンダルで家を出ているそうだ。
仮に生きていたとして、周囲、あるいはインターネット上に身を寄せられるような支援者がいれば迎えに来てもらうこともできるかもしれないが――わたしと花柚さんの知る限り、彼女の周りにそういった人物は居なかった。

鴫原柚子は未だ「行方不明者」として扱われており、行き先の手がかりすら見つかる気配がないのだという。

……わからない。

死んだ筈の友達が行方不明になった理由。
彼女がどこに行ってしまったのか。
何より、生きていたとして、死んでいたとして。
あの子は今、安らかに在れているのだろうか――?

わからない、かつ知りたいのなら、知りに行くしか方法はない。

……わたしとゆうちゃんには共通点がいくつかある。
生まれの性が女の子であること。18歳で同い年なこと。関東に住んでいること。
不登校であること。リアルに友達がいないこと。ほとんど家から出ずに過ごしていること。
家族と折り合いが悪いこと。でも一応殴られたり、放り出されたりはしていないこと。

――そして何より、共鳴者であること。

ゆうちゃんの共鳴は『誘眠』。
わたしは『過去視』。
出会いからして、支援課のカウンセリングの中で登録させられた共鳴者限定のマッチングアプリ(あくまで友達になるための)でのやりとりだ。
わたし達は、双方瞳に纏わる能力を持つという点で一際強く結びついていた。

わたしの共鳴を使えば、たぶんゆうちゃんがどこへ行ったのかを知ることができる。
でも、コンビニより遠くへ行くだなんていつぶりだろう。
電車、何年乗ってない?
『過去視』は見たいものだけを見せてくれるわけじゃない。
というか、正直過去なんて進んで見たいものでもない。
外に出て、そこで目の当たりにするものについて、想像するだけで寒気が止まらない。
けれど。

――「柚子さんの部屋を見せてもらうことはできますか?」。

考えるより先に、指先がそう文字を打ち込んでいた。
花柚さんも、ゆうちゃんの親族なら共鳴の存在については知っているだろうから、わたしの能力についての大まかな説明を添えて。
即座に快諾の返事と住所が返ってきて、「妹とはまあ仲悪くはない」と話していたゆうちゃんの声を思い出す。
花柚さんは本当に、ゆうちゃんが心配なんだろう、な。

あるいはゆうちゃんがみんなに見つかるように死んでいたなら、わたしも、花柚さんも、寧ろ安心していたのではないかと思う。
変な話だけど。
もう会えなくて、わたしたちは悲しいけど、ゆうちゃんは行きたい場所にちゃんと行けたのだと思うから。

……かくして、わたしの友人を探すための短い旅が始まる。
その道のりで、たどり着いた場所で。
わたしが何を見て何を知ることになるかは「未来」の話だから、今のわたしにはわからない。

 

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