どこにも行けない。

お題で書いた奴。


 

 

 BGMは何でもよかった。耳をふさいでくれれば、なんだって。

 花の金曜日。街角は艶やかに彩られ、道行く誰もが大切な誰かと笑いあうような、きらびやかな夜。
 対する私はひとりきり、行くアテもなく遠くへ、ただ遠くへ行こうとしていた。
 コンビニで買ったジャムパンをかじりながら駅へ向かい歩く。母が嫌いないちごは私の大好物だった。中身の詰まったボストンバッグの持ち手が、肩に食い込んで痛い。金曜夜の喧騒は私へ関心を向けることなくただ広がっている。俯きがちに、アーチタイルの数を意味もなく数える。寒くてイヤホンをねじこんだ耳がちぎれそうだった。
 履きつぶしたスニーカーも、カーキのモッズコートも、シャツもセーターもジーンズも下着も、齧りついているジャムパンだって私が自分て稼いだお金で買ったものだった。携帯も自分で契約したし、学費以外の出費は全部自分で払っていた。学校に禁止されたアルバイトをこっそり掛け持ちして、死ぬ気で稼いだお金だった。親の遺伝子と金で構成された自分の体はどこか気持ち悪かった。

 駅へ近づくほどすれ違う人が増えていく。私の住む町は所謂ベッドタウンというやつで、帰宅ラッシュも後半にさしかかったこの時間帯は、駅から家へ向かっていく人が多い。人波に逆らって歩くのには慣れている。
 改札に電子マネーをかざし、空いている上りの特急に乗り込んだ。ほぼ誰もいない車両を選び、ボックスシートを独り占めする。
 駅のホームにアナウンスが流れ、腐るほど聞いた駅メロのあとに「ドアが閉まります」と続いて、

 ――電車は動き出す。私は決別する。母はいつも私の人生を自分の人生の延長戦が如く扱ったから。

 何度わかったような顔で見当違いのことを言われたかわからない。
 何度嬉しくない愛を受け流したかわからない。
 それでこちらが突っぱねると、反抗だなんだと喚くのだ。
 助けてくれる人が欲しかったけれど、子供に親切な大人はいても、本当に子供のことを考えてくれる大人はどこにもいなかった。
 わかってくれるのは同年代の友人だけだったけれど、わかられたところで何の解決にもならなかった。
 べつにもう、それでよかった。私は、ひとりで歩くと決めたから。

 私はお前達の自己満足の餌なんかには、絶対にならない。食いつぶされてたまるもんか。一口だって齧らせてやるものか。私の人生をこれ以上、お前達を気持ちよくするために使わせるもんか。

 BGMはなんでもよかった。私を強くしてくれる曲ならなおよかった。

 車窓の外を流れる景色を眺めながら。
 ……泣きそうなのはただ、寒いからだ。

 

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