どこから出て来たか忘れた奴。
幼いころ一度だけ隣を歩いた。
小さな町の神社で行われた夏祭り。雑踏に紛れ、一人ぼっちで泣いていた彼女を僕が連れ出した。無邪気で、無垢 で、狐面を被った顔も見せない僕をあっさりと信じた小さな少女は、自身の 霊感を「頭がおかしいのだ」と断じ、 僕のことも幻と信じて疑わなかった。
あの日、彼女はその柔らかな掌でもって僕を捕らえた。そしてまた彼女も、僕の言葉によって囚われた。
「僕はいつだって君を守るよ」
イマジナリーフレンド。空想上の友人。情緒不安定な彼女は『幻』の僕を作り出し、それに救いを求めた。僕もまた、彼女との再会を希望に今日を生き続けた。
雁字搦めの遠距離共依存。
彼女は東京に住んでおり、僕の住む田舎は母方の実家があるので足を運んでいただけだったそうだ。
終焉の後に訪れた、再びの邂逅。10年ぶりに出会った彼女は随分とくたびれていた。つい最近、両親が交通事故で亡くなったらしい。他に身寄りもなく、母方の実家に住む叔母に引き取られることになったそうだ。
色々なものにぶつかって、傷ついて、そんな日々をこれでいいかと諦めて、染み付いた諦念の色を落とそうともせずただそこに在る自身と寿命を許容する少女は、すっかり生気を失っていた。
『幻』の僕は、七年前自分のみがわりにトラックにひかれて死んだはずだと、僕を見て彼女は言った。『過去に出会った本物』が僕であり、死んだのは『君の作った偽物』だと言うと彼女は泣いた。
「イマジナリーフレンドは、それを感じる人間の思考に非常に左右されます。きっと私が彼に『本物であること』を求めたから、幻なのに、質量のない彼は物理的手段で死んでしまった。それなら、彼を、貴方を殺したのは私です」
僕はそれを否定した。彼は僕であって僕ではないけど、もし彼が僕であったなら、彼にとっては君を助けることこそが本望だと、約束だと言った。
彼女はそれを聞きながら、遠くを見てゆっくりとまばたきしていた。欠けた月の煌々とした光が、雲をぼんやりと浮かび上がらせ綺麗だったのを、それを静かに眺める彼女の横顔を、はっきりと覚えている。
頑固な彼女を懐柔するのは簡単じゃなかったけれど、僕はなんとか彼女との縁を保ち続けた。時にいがまれ、疎まれ、虐げられつつ僕と彼女は今に至った。
「なかないで」
本人不在の今、こんな所で言っても無駄なことはわかってる。でも、どうしても、僕のために流してくれるだろう彼女の涙を拭ってあげたくて、拭えないなら止めてあげたくて、好きで好きで仕方ないのに何度も泣かせてしまう、自分の不器用さが憎らしくて仕方なくて。自己満足の独り言を言わずにはいられなかったのだ。 化物から姫を守って死ぬのは王子じゃなくて騎士の役目だ。でも、僕は騎士でもいいから、王子様みたいに隣にいられなくてもいいから、幸せになんてなれなくてもいいから、なりふりかまわず彼女を守りたかったのだ。
それならはじめから距離をとっておけば、彼女を泣かせることもなかったのに。
僕は僕のわがままで彼女の隣に立ち続けた。そんなふうに思い当たり、眠りの前に少しだけ気分が晴れた。「守る」という大義名分でもって彼女の隣を独占している罪悪感から解放されたから。
彼女の隣にいられて僕は幸せだった。そして僕の隣にいる彼女を幸せにしたかった。幸せな彼女を見て僕が幸せになりたかった。僕自身の幸せのために 僕は彼女の隣に立った。
僕自身の選択で僕は彼女を守った。
清々しい気分で目を瞑る。最期に、猫になった夢を見た。 猫になった僕も、やっぱり彼女の隣にいた。朝に弱い彼女をたたき起こして、昼は日向で頭を撫でられ、夜は共に眠る。
それはなんだか楽しくて、虚しかった。これが夢だと気付いた時にはもう、自分の記憶さえ忘れていた。ああもう止められないね。最後にさよならも言えないまま、僕は永遠の夢を見る。
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