乙女解剖のやつ。
しゃなり、しゃなり、私は黒猫。はたまた、十七歳の女の子。闇夜を舞う黒い蝶。誘蛾灯にも心惹かれるお年頃。
ねえ、お気に入りのモッズコート、前を閉めずとも歩けるのは、春が近いからかしら。毎日、くるくると過ぎ去ってあっという間に一年間。大人になるのはいい事だけれど、私はまだまだ乙女でいたいから悩ましい。悩ましくても季節は巡る。だから私は、時の流れに不貞腐れて尖らせた口を笑みの形に直し、ふわりふわりと足を浮かせて、誰もいない通りを歩く。遊ぶように揺れる黒いワンピース。今なら私、空も飛べそうね。
学校は単調で家は窮屈だ。まったく嫌になってしまうけれど、私には君がいる。三つ歳上の優しい君。小さな私の甘い好意、全部を弄んで、楽しい?
楽しい。ならよかった。私、君が楽しいと嬉しいの。すきだから。
歩みをとめて、とん、と、控えめなノックみたいに通話開始のボタンに触れる。
耳にあてたスマートフォン。コール音。一定の間隔で繰り返すメロディ。君が出るのは大体、早くて三回、遅いと十回。アルバイトが終わって、家に着いて、寝る支度が終わるのがだいたい今くらいの時間なはず。十二回目のコール音が耳に届き、少しだけ不安になる。疲れて早めに寝ているのかしら。それとも、それとも、誰かと遊んでいるのかしら。 私以外と笑い合う君は、あまり見たくないな。なんて、考えていたらぷつりと音がして君の声が聞こえてくる。
「こんばんは」
ざらざらした声。どうやら君はお疲れみたい。今日はあまり長く話さない方が良さそうね。気をつけなくちゃと胸に刻んで、私は私の出せる一番甘い声を探す。
「こんばんは、今平気かな?」
完璧には程遠いけれど、私にしては十二分。電波の向こう側、君の頬が緩むのが声でわかる。
「ん、大丈夫だけど、何かあった?」
「違う違う。特に言いたいこともないんだけど」
なんとなく、声が聞きたくなったの。
繋げて、ありきたりで中身のない言葉を交わす。君は私の全部だから、私はそれで満足だ。遠回りして擽り合うように、不意に目が合って胸が高鳴るみたいに、お互いに思ってることと、思ってもないことを綯い交ぜにして伝え合う。仮面同士で弄び合うのが、恋なのかしら。でも、私はこれしか知らないし、きっと君もこういう風にしかできないから。
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