雨夜の月

お題で書いた奴。


 

 

 いつの事だったでしょう。
 アルバイト終わりの帰り道、傘を忘れた私はぬるい雨に打たれながら走っていました。
 夜も遅くの事でしたから、聞こえるのは私の呼吸と、足を踏み出す度ぱしゃりぱしゃりと響く足音。そして、雨がアスファルト打つ、さめざめとした音だけ。
 どうせ誰もいないからと、私はアルバイト疲れの八つ当たりのような、少し意地悪な気持ちで車道の真ん中を走っていました。
 夏の雨は生ぬるく、じっとりと重く湿った空気が息をする度灰の中まで湿らせていく様です。
 しとしとと降られ、薄手のパーカーは既にずぶ濡れでしたが、それも心地よく感じるほどに蒸し暑い、雨の夜でした。

 顔を伝う水を時折拭いつつ、家までの十数分を走る。その時。
 ――不意に、身を打つ雨が止みました。
 あまりにも突然のことに私は足を止め、あたりを見回し、ふと、顔を上げます。
 その目に飛び込んだのは、白い白い、ただの月でした。
 いつもの様に美しい、いつもの様な月でした。

 その日の月は満月より少し欠けていて、けれど、私に天体の知識なんてありませんから、その月がなんと言う名前なのかはよく分かりません。それでも月は美しく、綺麗だということだけはきちんと分かったのでした。
 涼しげな光に、この濡れた体では少しだけ寒いなと、そんなことを思いながら。
 睫毛に乗った水が月明かりを受けきらきら光り、眩しさに、濡れた袖でまた顔を拭いました。

 ところで。
 みなさんは雨と晴れの境を見たことがあるでしょうか?
 つまり、一歩進めば雨、一歩下がれば晴れ、と言った様な、天気雨とはまた違った空模様なのですが――

 その時見たのは、それでした。
 私はもう、雨に降られてはいませんでしたが、振り返るとやはり、境のあちら側では雨が降っていたのです。
 雲の切れ間から射し込む白い光が雨粒を照らし、光を反射した雫はなべてちらちらと輝きます。
 境は雨雲の動きに合わせ、音もなく私から離れていきました。
 車道の真ん中でぼんやりと惚けながら、私は離れていく雨をただ見送ります。

 綺麗で、さみしい。そう、それはどこかさみしい光景でした。
「まるで、月が泣いているみたいだな」と、少し思った後。
 ガラでもないと笑った私は、残りの道をゆっくり歩いて帰ったのでした。

 どこか慰めるようなきもちで、雨夜の月を見上げながら。

 

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