夜空でも見上げてろ。

お題で書いた奴。


 

 

 別に、星になんて興味なくて。虫も多いし、こんな真夏の夜に出かけるつもりなんてなくて。
 ――でも、君はそうじゃなくて。
 
 ナントカ流星群が見られるとか、クラスメイト達がそんな話をしていたのが今日の昼休み。それを聞いた君が声をかけて、僕が断れなかったのは放課後。
 そして今、こんな夜のあぜ道を、君とふたりで歩いている。
 
 夏の田んぼは、夜になると急に涼しくなる。
 その時点で昼の田んぼよりまだマシではあるが、頭がクラクラするくらいくっきりと青い水の匂いがするのは変わらない。
「今年も豊作だねぇ」と、米のことなんて分かりもしない癖に、前を歩く君は無邪気に笑った。
 
 握りしめた明かり代わりのスマホに、小さな羽虫がたかって酷く煩わしい。
 親に倉庫から出してもらったんだと、ヘッドライトをつけて自慢げに笑っていた君も、この煩わしさには勝てなかったのかせっかくの『ヘッド』ライトを手にぶら下げて歩いている。
「おじさんにお礼しといて」
「別に。荒らさなきゃ勝手に入ったって、何も言われなかったよ」
 うちの田んぼだから。そう続けて、ため息をつく。米農家に生まれたい人間なんて、今どき存在するんだろうか。
 あたりを見回しても、そこにあるのは真っ暗な水田だけ。水面が白く星月や懐中電灯の光を跳ね返すけれど、こんな田舎のこんな田んぼの真ん中で、君の背中以外何が見える訳もなくて。
 並んで歩けないような細いあぜ道を、君の話へ機械のように相槌をうちながら、僕は歩いた。
 
「この辺だよ」
 さんざめく虫の声にかき消されそうな程小さな僕の声を聞き逃すことなく、君はきちんと立ち止まる。
「座れるかな。立ったままだと転びそう」
「このへんまで道だから、ここまでなら」
「よしよし」
「敷物あるから、ほら」
「ん、ありがとう」
「……どういたしまして」
 僕が持ってきた敷物に座り込み、僕らは空を見上げる。
「『せーの』の『の』で、電気消そ」
 君は、そう声を弾ませる。顔が見えずとも、いつものふやけた顔で笑っているのは目に見える様で。
 ――ほんと、ムカつくなぁ。
 
「せーの」
 
 君の声に合わせ、明かりが消える。
 ド田舎の人間にとっては見慣れた、満天の星空が頭上に広がる。
 隣の君が息を詰めて空を眺めているのが気配でわかる。
 少し、羨ましいなと思ってしまう。
 
「あっ、ながれた」
 
 零れるような君の声。
 君が見つけたひとつめを切っ掛けにして、堰を切ったように星が流れ始めた。
 ただでさえ数えきれない程星が瞬く空へ、いくつもの白い筋が新たに引かれては消える。
 なんの音もないまま、光り、流れ、燃え尽きて消える。
 ひとつ消えて、またひとつ。時には、二つ三つが同時に燃える。
 そうやって降り注ぐ星は、想像していたよりもずっと多い。今までバカにしていた星の雨なんて例えも――降り注ぐとかいう表現だって、理にかなうと思えてしまうほどに。
 家を出る前スマホで見かけた、『稀に見る好条件』という一文を思い出す。
 ならもう、この光景は二度と見られないんじゃないか、なんてふと思った。
 
 なら、そんな景色を一緒に見れたのが、君で――
 
 僕が君の方を見ると、君は一心に流れる星を目で追っていた。
 星だけが映る黒い瞳は、綺麗だった。
 
 星だけ。そう、星だけだから綺麗だった。だから、僕は何も声をかけなかったし、君は僕に気づかなかったけれど――。
 
 君のそういところが、僕は本当にムカつくんだと、そう思った。

 

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