世界の最央から君へ。

手遊びで書いた奴。


 

 

 花と歌。星と歩み。
 鮮やかな花の絨毯は地平線まで遠く途切れず、紺碧の空に朝日の気配が漂っている。
 遠く、遠く、どこまでもうつくしく、なぜだか無菌室のように清潔で完結した印象の中を私は裸足で歩いていく。
 湿った草花と土の感触を踏みしめ、胸いっぱいに息を吸えば肺はむせ返るような花の香りで満たされる。ゆるやかに息を吐き、そしてまた吸う。私は生きている。綺麗で、安定していて、なんの変化もなく、魅力的だが意味も無いハーバリウムの様なこの場所で、ひとり歌を歌っている。

 私は礎であり、帷であり、楔であり、そして炉であった。
 土台を支え、見ぬべきものを隠し、離れぬようにとどめ、炎を絶やさぬよう魂をくべ続ける。
 その為に生まれ、育ち、そしてここに居る。女神とは、正味そういうものだった。
 目を開いたら、きっと全部わかってしまうから、夢も見れない癖に瞼を下ろして心の中に棲んでいる。世界はうつくしく空虚で、それは私の心で、けれども全部をわかってしまうのは嫌だから目を閉じて。

 頭上に広がる星月夜。この場所に満ちた夜は明けない。いつ明けるかもわからない。朝霧も、空の裾を彩る淡色のグラデーションも所詮私の希望が見せるまぼろしに過ぎず、幾年のこどくを前にしてはなんの慰めにもならない。いつまでここにいればいいのかなんてわからない。それより先に、私がおかしくなってしまうかもしれない。それが役目ならしかたない。……そう生まれてきたんだから、しかたない。
 必要な犠牲たる私はただここにいればそれだけで世界が救われる。歌う必要も歩く必要もなく、つまりこれは、これだけは、私が私であり続けさせるための不必要な娯楽で、簡単な言葉で表すなら、おまじないみたいなものだった。
 優しい歌を、さみしい歌を。
 低くのびて少しかすれる、いつでもどこか機嫌が悪そうだった君の声を思い出しながら。
 君は優しい歌も悲しい歌も知らないと言い張って、歌声なんて一度も聞かせてくれようとした事はなくて。けれど、ふとした時に君が囁いていたメロディが耳にこびりついて離れない。
 とおく、とおく、届かぬことを知りながら、喉の奥でつくりあげ、舌の上でゆるく混ぜ、ほどくように音を伸ばしてやわらかくハミングを。口遊むなら死ぬほど優しい歌がいい。
 君があの日零した旋律をなぞるように。
 悲しみも怒りも全部置き去りにしてきらきら光る、無色透明のビー玉みたいに均衡のとれた、偏らず、軽く、冷たく、なにもない。そんな声で優しい歌を歌うだなんて、まるで嘘をついているみたいで少しだけ胸がすくから。

 私は自分が助かることを望まないし、助からないと信じている。
 けれど、君に会いたいと思う。ただ、そう思いながら歌をうたう。

 思い出をなぞりながら、なんども、なんども、なんども、なんども。
 一歩進むごとに耳に届く、素足の下の花の折れる音に合わせて。

 

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